| 百鳥争鳴/園ガと自然との折り合いについて(2) |
7844.小山@千葉 4月7日(木) 13時33分
こんにちは。たいがいこの問題は、どこのメーリングリストでも伝言板でも一度は出ますね。それだけ関心の高いテーマなのでしょう。
当たり前の話ですが、国立・国定公園、県立公園、その他指定された自生地に移植鏝とビニール袋は持って入らないことですね。種子の採集もつつしみたいものですが、ひどい踏み荒らしにならなければ希少種以外は少量は良いと思いますが、ここらへんは意見が分かれるかも知れません。
今日びは、油断していると植物園内でも山野草を掘り盗られてしまうそうです。大変な時代になりました。
路肩や畦道、雑木林の林床などは、まぁ常識の範囲で〜。できれば種子を採集しての播種が宜しいでしょう。スミレなどは開花時につばを付けといて、閉鎖花の秋に採集するそうです。ギボウシなら、萌芽した頃に二〜三芽程度なら良いかも。株ごとごっそりはいかにもマズイですねぇ。
まぁ、個人が愉しむレベルなら、各人のモラルの範囲内でどうぞ。育種する場合でも、変異個体採集は必要ですから・・・。業者の大量山採りには、実刑を含む厳罰をもってのぞむべし。が小生の持論です。
◆右写真はアリアケスミレ Viola betonicifolia var. albescens (モウズイカ提供)。
7845.樹音@北海道 4月7日(木) 15時0分
>問題は私の好きな山野草系・・
悪意が生じるものはこの辺りの自生種に限られます。
自分で書いてて解らなくなっていますが、前述の《この辺り》は近場を指し、けして指定地内の植物を指してはおりません(汗)。ですから、指定地山鳥種は、我庭には存在してません。だからどうなのって言われたら・・○鳥には変わりないんですけど・・(^_^;)
7847.これは竹薮鳥 ムク@風邪っぴきで早退 4月7日(木) 16時40分
どこまでが良くてどこからがダメなのかムクにはわからないし、パスタイムさんのおっしゃる自分の土地ならいいのかということも考えると、もう訳わからん状態で・・。パスタさんが↑で紹介下さった討論の一部(熱があってモーローとしてて全部読めてない・・)を読んだだけですが、パスタさんのおっしゃってた
>園芸家は、積極的に種子繁殖などで増殖させて、バンバン増やして分け合ってください。生産者はいっぱい生産して売りまくってください。
この表現にちょびっと安心したりして・・(* ̄(人) ̄*)ゞ
今、園芸店に並んでいる植物が山鳥物ぢゃないだろうかと考えながら買うことになると、山野草に限らずどの植物も買えなくなってしまうと思うです。それらの元をたどればもしかしたら山鳥の犠牲になった植物の子孫かもしれない訳だし。そうなると自ら育種したものでないと、安心して育てられないんぢゃないかな逆に山鳥断固反対!のうずらさんみたいな方に売られている山野草を買ってきて育てて殖やして山に返していくというひとつの園芸の愉しみも味わって欲しいと思うです。ムクの密やかな愉しみはそこです。オキナグサの種が採れたらそれを育てて人が踏み入らないような山奥に植えたいなぁ・・と。
で、大手通販会社Sからオキナグサのセット苗を買ったものの数株は今にも咲きそうな程よく成長してるのに、1株だけ芽がちょっと出てるだけなので不思議に思い根をほぐして見たら、順調な子は山野草の土らしき水はけの良さそうなゴロゴロ石まじりの土に植わっていたのに成長不良の子は普通の培養土だけのようなギッシリ詰まった土に植わっていたので根が殆ど伸びてなかったです。で、ムクが思ったのはあぁ種から育ててるなということと、大手でも素人並の技術の人が種蒔きしてるんだな・・と。
なので山野草に手を出すことを拒んでいる方はもう商品になっちゃったんだからと言い聞かせて買っちゃいましょう♪そして殖やしましょう♪だって売れ残って焼却処分でもされたらそれこそ・・ねぇ?
長々と書いてしまいましたが、実はこれからが本題( ̄(エ) ̄;
右写真は昨年竹薮から藪鳥してきたショカッサイ。もう咲きました♪藪からだけどいいのかなぁ?ショカッサイならいいのかなぁ?と疑問に思ったのでハリコ♪
7848.setton8@関東 4月7日(木) 16時44分
コージさん、ややこしい質問にお答えいただきありがとうございます。
また、なかなか耳にできない実情をお聞かせいただき、感謝すると同時にエッエッー!ア然としています。
アマの身では、大量流通品か稀少品かは分からないことが多いのですが、同じ山野草がいっぱい売り場にあるときには、おそるおそる購入することにしようかと考えています(まず、山野草かどうかから勉強しなくてはいけないのですが)。
パスタイムさんの
>自分の持ち山に生えてる植物は、採っていいのかどうか? 自分の持ち山の生態系は変えていいのか?
と偶然にも全く同じことを考えました。で、「ウン、自分ちのものだから良いんだよね」って思いかけた自分に愕然としました。でも、思い直しました。自分地だろうが、ヒトん地だろうが、やっぱり○鳥はいけないと思うのです。
が、皆様がおっしゃってるように、種の少量ならいいのではとも思うのです。ただし、この場合でも厳しく一線を引くことが必要だと思っています。ついついオーバーになりやすいからです。これくらいいいさと思う気持ちが一番危ないと思うのです。
山鳥はしないと思っている私ですが、いつ誘惑の声が忍びよるか分かりません。気をつけねばと思っています。
7850.うずら@埼玉 4月7日(木) 17時4分
ボロさん、アマナ、桜草、キレイですねー。こんなコたちを目の前にするとき思います。
ここに生えてきてくれてありがとう。また会いにくるから、来年も、再来年もきっとここで咲いていてね、って。そしてその場を離れるときの感動と祈りとちょっとだけさみしさが入り混じったような気持ち・・・忘れずにいたいな、と思います。
書き逃げをきめたつもりでいましたが・・・やっぱり出てきてしまいました。(^^ゞ
ちょっとだけなら、別に珍しくないから、たくさんあるからイイ、のかもしれません。
ただそう思っているのはひとりだけなのか・・・ごく少数の限られた人だけなのでしょうか。
そしてその人たちみなさんが自生種について正しい知識を持っているのでしょうか?
最近の山野草ブーム(?)を思うとかなり不安です。
昔から山採りや野採りで楽しんでいた人はいたと思いますし、ひっそりと物好きな趣味的だった頃はそれでよかったんだと思います。今は何が違うのか。それは情報の量が多くなったことでしょうね。山野草関係の本は次々に出版されていますし、インターネットの役割も大きいでしょう。山野草の素晴らしさを多数の人に知ってもらえる、という「明」の面がある一方、裏腹に「暗」の面もあります。そんな本やネット上の情報を読んだ多くの人のうちのどのくらいの人たちが山や野に走るのか。
「ちょっとだけならイイんだ」「たくさんあるものならいいんだ」という人たちが大挙して押し寄せた結果に誰が責任を持つというのでしょうか。やはりどこかにわかりやすい線引きが必要な気がします。
どんな世界にも「明」と「暗」の面があり、山野草だけではなく、園芸全般にも同じことがいえると思います。情報媒体は「明」の面だけではなく「暗」の部分も取り上げる義務があると思います。私もそんな意識を常にもって発言していきたいなと思っています。
(モウさま、それでよろしいのでしょうか?・・・やっぱりヤバイのかなー、とちょっと弱気になる小心者ですが。)
ムクさんカゼ大丈夫ですか?今日はこちらは初夏のようだったけれど、そちらはまだ寒いのかな?
私が言いたいのは「アマチュア園芸家は個人的な目的で自生植物を採集しない。」というところです。
山野草にも園芸種が色々ありますよね。プロの方には色々な植物を見出していただいて、キレイな園芸種をいっぱい創り出してほしいって思ってるんですよ。これは立派な「芸術」です!
安西さん、サラセニア園は温室の中だけにしてください。温暖化で逃亡されたりしたら日本中の湿地がブキミな集団に占拠されてしまいますよー。(笑)
◆右写真は安西さんちのサラセニア群生。
7852.おずおず@四国 4月7日(木) 17時42分
今日は暑いくらいになりました。鉢植えも地植えも急に、緑わさわさになってきました。
鳥の話ですが、庭鳥(本物の鶏も飼っているけど)がでました。
実家からもらって来て、柿の木にくっ付けて数年、大株になったフウランが無い。根こそぎひっぺがしです。せめて少し残しといてよ。
桜が咲いても、心は晴れません。でも、実家の父は、もともとのフウランを山鳥したのか?山野草ブーム以前は、シュンランとか山に入れば、たくさんあった。去年、コケ玉がはやったが、こけの自生地でも大量引きはがしされて、ハゲハゲになっていた。せめて、どっかで生きていてほしい。干からびてませんように。
難しい事はわかりませんが、自生地では、どうしても欲しければ。ほんの少しだけいただいて、再生できるだけは残してほしいなと思いました。自然のものが恋しくて、自然を壊してるなとも。
7856.ami@京都 4月7日(木) 19時41分 
おずおずさんはじめまして。フウランのこと心中お察しします。
よく叔母Aが玄関先の鉢植えを持って行かれると嘆いています。この前、京都市植物園ではキソウテンガイ(右写真。提供はモウズイカ)が盗難にあったそうです。
どーすんだそげな道路に落ちてるゴムのゴミみたいなもん。と思いますが垂涎な人もいるんでしょうねぇ。
生態系を破壊する山鳥、うちの叔母Bの得意技です。信州そだちの叔母B山菜採り感覚で根こそぎです。生態系、絶滅という観念も無いと思います。山野草が目的なのではなく綺麗な花で明らかに人のものでなければなんでも・・・(書いてて悪魔かと思った)。
ところで帰化植物きれいなら育ててよしでしょうか。広がると困るので廃棄でしょうか。
ナルトサワギク Senecio madagascariensis なるものをネット上で見ました。
きれいです。和歌山県のハーブ園で見られたこともあるそうです。旺盛な繁殖力だそうです。家畜が食べると中毒を起こすそうでオーストラリアでは駆除にお金がかかるそうです。でも叔母Bがハケーンしたら取ってきちまいます。どうなんでしょう?
| 管理者・注: ナルトサワギク Senecio madagascariensis については、ボタニックガーデンのこちら、並びに小川誠氏のホームページのこちらが詳しいです。 小川氏曰く「花がきれいなので、やはり植える人が出てきています。困ったものです。」 同感です。 |
7857.はまうつぼ@移植鏝侍 4月7日(木) 21時17分
こういう論議の時、いつも採集の是非のみが取り上げられがちだが、人はなぜ採りたがるのか、という方向には議論がいかないような気がする。
本気で保護するなら尾瀬に入らず、大雪にも登らず、生態写真も撮らなけりゃいいし、そもそも園芸趣味なんて無くなればいい訳で、植物好きや動物好きが皆無であれば、それを採集する行為が成立しなくなるわけだし。
って、そんなこと言っても、現実には自分が生きてる限り、この業は消えないし、かといって自身でジ・エンドを決め込むことも出来ないし。結構定期的に、「重核子爆弾」で人類が滅んでしまえばいいのに、なんて夢想してしまいます。ヒト、以外の全ての生物にとっては、ヒトは害獣でしかないんですから。突き詰めていくと、人間は地球上に存在する価値があるのか、というSFアニメチックな発想に行き着いちゃうんですよね。
◆右写真は♪遥かな昔、訪ねた尾瀬(モウズイカ提供)。
7858.花菱@横浜 4月7日(木) 21時28分
こういう話、あちらこちらで議論になるけど(^^;まぁ大人なんだしさぁ〜良識があればいいんじゃない((((;^^)
それと日本人感覚なのかなぁ〜とも思う。自然はタダみたいな・・・
ひとつくらいが自分一人なのか・・・やたらに餌付けとかで被害が出れば・・・なくなれば他所の国から大量に・・・
うーん、こんなことしていいのかな(^^;?
微妙に痛し痒しな話題だとは思うけど(T~T)
7860.うずら@埼玉 4月7日(木) 21時39分
はまうつぼさん
>ヒト、以外の全ての生物にとっては、ヒトは害獣でしかないんですから。
突き詰めていくと、人間は地球上に存在する価値があるのか、・・・
そんなことないですよー。ヒトだって地球上で生まれた自然の生態系の一部なんですから。
ただヒトだけが多くなりすぎたってことが問題なんじゃないでしょうか。多ければそれだけ悪意のヒトも多くなってるわけで・・・しかたないといえば、そうなのかなぁ。
7862.でらり@秋田 4月7日(木) 21時58分
山鳥経験者の俺は・・・辛いです。
俺は小さい頃から本当に花好きで、○家の息子といえば、毎日花畑で腰をかがめているか、右手に花を持っている、と囁かれるほどの異常な花ワラシ。
そんなワラシは近くの野山で何か見つければ山鳥してました。
あの頃は、きれいな花をただ好きだった、好きだから身近に置きたかったのでしょう。今は全くやっていませんが、その頃のものは今も田舎庭で毎年咲いています。そして件の野山で今でも普通に見ることが出来るのは、少し俺の心を楽にしてくれています。
山野草は自然にあってこそ美しいのは、本当にそう思います。けれど、美しいものを身近に置きたいのは自然な欲求だとも思うのです。
営利目的や指定地域での山鳥は論外として、自分勝手な欲求を抑えるモラルは、環境や植物に対する知識がなければ作動しないと思います。ただ山鳥が良いとか悪いでなく、なぜ問題なのか、が常識的課題として広まらない限り、この問題は解決しないのでしょうね。
帰化植物については水仙や彼岸花のようにもともと日本になかったものが市民権を得ているものもあって、短期的にはなんとも・・・ただ、強害草といわれる帰化植物は、殆どすべてが人間の生活上勝手に悪者扱いされているだけであって、植物自体には罪はないと思いますし、蔓延るのも消滅するのも自然にまかすべきかなぁ・・・と。一時期某県立公園内に激増したフランスギクやアラゲハンゴンソウは、徐々に消え去りましたし、駆除をするために何かした話も聞いていません。
◆右写真はアラゲハンゴンソウ Rudbeckia hirta var. pulcherrima (モウズイカ提供)。
7872.setton8@関東 4月7日(木) 22時57分
はまうつぼさん
>こういう論議の時、いつも採集の是非のみが取り上げられがちだが、人はなぜ採りたがるのか、という方向には議論がいかないような気がする
同感です。で、私は、議論つながりの1方向として、
amiさんの
>ところで帰化植物きれいなら育ててよしでしょうか。広がると困るので廃棄でしょうか
に注目しました。在来種に影響ある帰化植物は、#7806.パスタイムさんのように『排除』ではないかと思ったりもするのですが、私の大好きなヒガンバナは史前帰化植物と言われていますし、他にも沢山の帰化植物が存在していますので、全部排除というのは実際的ではないとも思います。だからこそ、特定外来生物がリストアップされるんでしょうけど、ホントのところ、どうしたらいいんでしょうか?
答えは見つけられないように思うのですが、考え続けなきゃとは思います。
別の1方向としては、
花菱さんの
>まぁ大人なんだしさぁ〜良識があればいいんじゃない
がありますが、欲望のコントロールが難しいから、この議論が出てきていると思いますし、「人はなぜ採りたがるのか」も議論になりにくいのだと思います。大人ばかりだといいんですけどねー、花菱さん。
>突き詰めていくと、人間は地球上に存在する価値があるのか
私も時々、人類の存在する意味について考えますが、未来はないなあと思うことが多いです。でも、いつだって希望は持てます。
(まとまらないまま書き込んですみません。気温が上がったのでネムイのです。)
7874.もんこ@秋田 4月7日(木) 23時1分
う〜ん。(-_-;)
読めば読むほど、こんな /(-_-;)\ 感じになっちゃうスレですね。
私個人としては、少なくとも皆さんのご意見全てに賛成でありま(^^;)☆\バキ
7876.山鳥がなぜ悪いのか? ゆ〜ほ@愛知県西部 4月7日(木) 23時9分
ハードな話題で盛り上がっていますねー。私もカキコしよっ。
山野草の山鳥と庭の草むしり、植物を元の生息環境から取り除いてしまうという点では同じですよね。であるにもかかわらず、山鳥は問題視され、庭の草むしりは、しないと近所から苦情がでることさえあります。この違いはいったいどこにあるんでしょう。
いろいろと議論はあると思いますが、私は、山鳥は、それをすることによって貴重な野生植物がなくなってしまうから問題であるが、草むしりの方は、したほうが人間にとって好都合であり、しかもむしり取られる雑草の種の存続には何ら問題はないという点が違うのだと思います。
私は、山鳥をすることそのものが問題なのではなく、山鳥によって、とった植物の自生地が消滅することや、その植物種または地域個体群の絶滅を招くことが問題なんだと思います。
その種や個体群の存続に影響がなければ、山鳥してもいいんじゃないのでしょうか。といっても、日本国内では多くの植物種が絶滅の危機に瀕していますから、その種や個体群の存続に影響がない場合というのは、かなり限定されると思います。
比較的多く自生している種類の植物からごくわずかな量の種子や、挿し木をするために極少量の枝を採取するくらいなら、問題ないのでは。
もちろん、種や個体群の存続に影響がなくても、国立公園内など植物の採取そのものが禁止されている場合や、他人の所有物となっている山林で所有者の許可を得ないで採取する場合はNGですよ。
・・と書いてはみたものの、具体的にどの程度の量であれば問題ないのか、線引きは難しいですね。
7880.パスタイム安西@暗黒騎士 4月7日(木) 23時23分
よーし、盛り上がってきたぞ、うんうん。
年に何度かはこのテーマを語りたくなる私なのですが、今年の私のテーマは「庭と山はどこから線を引いたらいいのか」でしょうか。
いや、多くの方が「はぁ?」と思う感覚ですが、たとえば公園、山だった場所に道を付けて、雑木林に出猩々やソメイヨシノを混ぜて植えて、「山野草の森」なんてのを作ってエビネが植えてあったり。
まあ、実際そーゆうのがカミサンの実家の近くにあるんですが。そこらへん言うと、植花夢や八ヶ○倶楽部とか、どーなんだって話しに。
まあ、自分なりに答えは出てるんですけどね。
そりゃ買った土地は自分の自由でしょう。植物や自然に理解がある人は、そこに貴重な植物があれば大切にするでしょう。興味ない人は、一升瓶一本持って行けば掘らしてくれます。法的にも何ら問題ないですし、逆に法的には、他人の山から採集したら、窃盗じゃないかと。
山取がいけない、という論拠の全く別の切り口として、個人所有の山林とそこに生える物は所有者の財産じゃないかと。(^^;)マツタケとか(ビミョ〜)
もしかしたら大規模に伐採するかもしれません。多数の植物が枯れて、植生は大きく変わるでしょう。別荘地にするかもしれません。ミヤマヨメナ欲しい方には掘って送ります。オレの庭の物だから好きにさせてくれ。
・・・?
いや、それはモラルに反すること?
やっちゃいけないのかな?
7885.はまうつぼ@濁(ダーク) 4月8日(金) 0時2分
ちょうど、このネタを相方さんに話してたら、「自然保護なんて西洋思想に毒されてますね」と言われてしまいました。古来、日本人は例えば山菜採りでもいくつか残してきたし、採集にしても自然の回復力にダメージを与えないよう、要は自然と上手に距離感を保って付き合ってきたのだと。
FSSで作者の永野護も、また私の友人も、「人間のいう自然なんて自分に都合のいい自然だけなんだよなー」みたいなことを言ってましたが、確かにそのとおりだなあと。砂漠に住む人は恐らく、その環境を歓迎してはいないだろうし、灌漑して水も作物も手に入るのなら、「自然破壊」も厭わないだろうし、日本でだって、危険な山道に防護工事を行うことを止める人はいないだろうけど、これだって立派な自然破壊、植生破壊ですからね。じゃあ、そんな所に住まなければいいじゃん、って思うのがそもそも西洋思想に毒されているのだとか。
7888.慕露慕露乃鬼@お風呂あがり 4月8日(金) 0時43分
白熱してますねー、こうやって意見を言い合う事が出来る場って良いですね。
そう言えばうちは今日、店鳥やられました。
キバナカタクリの根をポットから引き抜いて、計5ポット。まあ、結構ありますこういう事(苦笑)
そうそうアマナが自生してる少し離れた土手にはツクシが生えていて、ノビルも沢山生えていて、おじちゃん、おばちゃんが食べるのにつみ取ったり、掘り出してるのを見ますが、これも野鳥の一種だから悪い事?
まあツクシにしろ、ノビルにしろ採集が原因で根絶する事はなさそうです。
でもその脇にはカントウタンポポやセンニンソウとかも生えていて、これを採るのは在来種だしツクシみたいに無尽蔵に居ないからNGかな?
この採って良い物かどうなのか、山草、野草に対しておかれてる状況やそれに対して知識があれば、でらりさんの言うように自分勝手な欲求を抑える事が、ある程度出来るように思いもします。
キッチリとココまでは駄目、ココまでは良いと万人に一言で判ればいいのですが、どだいソレは無理な話で。
えーい面倒だから野生植物はぜーんぶ栽培禁止だ!!が手っ取り早いと言えば手っ取り早い。
でも何処までが野生で、何処まで栽培種?
もう野生から堀取られた時点で栽培種?、いやいや何世代か実生で交配を繰り返した物?、雪割草は育種が進んでるから園芸植物?
どっから何処までが・・・・・自分で考え込んで思考がグルグル目がマウス〜〜
◆右上写真は秋田の里山の野草風景。アマナは無いが、キバナノアマナやエゾエンゴサクならいっぱいある。もちろんツクシも・・・(モウズイカ提供)。
| 次の頁に行く |
| トップページに戻る |
(本頁は2005年4月30日にアップしました。)